古都・金沢の街を往く~1

文化財指定庭園 特別名勝 兼六園

江戸時代には大名のなかでも最大の加賀藩が、102万5千石の石高を領した城下町として栄えた金沢市。この地に、北陸新幹線が開通したことは記憶に新しい。そのため、東京駅から乗り換えなし、しかも2時間ちょっとでたどり着ける場所になったこともあり、関東住みの人々にも身近なエリアとなった。この地は第二次世界大戦の折、空襲がなかったこともあり、昔ながらの情緒豊かな街並みが残されており、歴史的な遺構も数多く残されている。なかでも兼六園は、以前から人気のあった名勝だが、近年訪れる人々の数がうなぎのぼりとか。今回はその魅力を、金沢の街とともにたっぷりお伝えしよう。


兼六園は金沢市の中心部に位置し、四季折々の美しさを楽しめる庭園として、水戸偕楽園(かいらくえん)、岡山後楽園(こうらくえん)とならぶ日本三名園のひとつとして知られている。江戸時代の代表的な大名庭園として、加賀歴代藩主により、長い歳月をかけて形づくられてきた。多くの県民だけでなく、国内はもとより世界各国の観光客に親しまれている。

堀を挟んだ右手に広がる林が、兼六園発祥の地。加州金沢城図(金沢市立玉川図書館所蔵)

兼六園の築庭は、延宝4年(1676)5代藩主・綱紀が自身の別荘を建て、その周辺を庭園化したのが最初といわれている。それは、城に面する傾斜地の部分から始められた。今では「蓮池庭」と呼ばれているが、当時はは「蓮池の上御露地」と呼ばれ、客人の接待や宴を楽しむ場であったという。宝暦9年(1759)の大火によって、残念なことに一部が焼失してしまう。しかし、11代藩主・治脩の手によって、安永3年(1774)に翠滝と夕顔亭、同5年には内橋亭が造営された。蓮池庭の上部にある平坦な地は「千歳台」と呼ばれ、時の藩主によってその使い方は様々だったこともあり、めまぐるしく変化をする。

文政5年(1822)、12代藩主の斉広は、自身の隠居所「竹沢御殿」を造営。同年、「兼六園」と命名された。その「竹沢御殿」もまた斉広の没後、13代 藩主・斉泰によって取り壊され万延元年(1860)に一大庭園となった。文久3年(1863)には、母真龍院の隠居所として巽御殿(今の成巽閣)が造営され、ほぼ現在の庭の形になった。

今でも荘厳な姿を残す兼六園にはこのような変遷の歴史があるのだが、一般市民に開放されたのは明治7年(1874)のこと。周囲には多くの茶店が出店されたという。

大正11年(1922)、兼六園は国の名勝に指定され、昭和60年(1985)には特別名勝へと格上げされた。これにより、庭園としての最高の格付けを得ることとなった。その後、「長谷池周辺整備事業」が、平成12年(2000)に竣工、新庭園のなかには明治の初めに取り壊された「時雨亭」と「舟之御亭」が再現された。

歴史的な遺構でもある兼六園だが、さっそくなかを散策してみることにする。真弓坂からの入口脇ですぐ目に入るのは金沢城址だ。幾重にも積み上げられた石垣は、加賀100万石の権勢の象徴ともいうべき迫力がある。江戸時代、この山頂にあった城で前田家が藩政を取り仕切った。

兼六園と道路を挟んだ向かい側にある金沢城址。

 

ちなみに金沢城公園は入場無料だが、兼六園は料金がかかる。詳しくはオフィシャルサイトを参考にしてほしい。入場時間も時期によって異なるため、予め確認してから訪れるようにしたい。園に入ると、最初に広がるのは瓢池。かつては蓮池庭と呼ばれ、兼六園の作庭はこの辺りからはじまったとか。池には不老長寿の島・神仙島をかたどった大小二つの島がある。

池のなかほどがくびれて、瓢箪のような形をしていることから池の名が付けられた。

瓢池の中島に建つ、高さ約4mの塔は海石塔と呼ばれる。六重の奈褐色の笠石はまるで虫にでも喰われたかのように穴が空いている。これがここに置かれた理由には2つの説がある。ひとつは3代藩主・利常が金沢城の庭園にあった13層の石塔の一部を移したという説。もうひとつは朝鮮出兵の折、加藤清正が現地から持ち帰ったものを、豊臣秀吉が前田利家に贈ったという説。いずれにしても、この海石塔が瓢池の風情を引き出していることは間違いない。

瓢池を右手に見ながら栄螺山方面に登ると、そこには庭園最大の池・霞ケ池が広がる。廻遊しながら四季折々の庭景を楽しめるよう配慮されたこの池の周辺には、栄螺山、内橋亭、徽軫灯籠、虹橋、唐崎松、蓬莱島などの名勝が配置されている。

明治7年(1874)、現在の場所に移築された。かつて蓮池庭内にあった四亭のひとつ。

と、ここまでは誰もが知り得る定番スポット。兼六園のオフィシャルサイト内にある園内マップにも、もちろん掲載されている。いずれも壮大なスケールと細部まで配慮された名勝と呼ばれるにふさわしいスポットだ。しかし、そうしたスポット以外にも、兼六園には魅力が隠されている。では、さっそくご紹介しよう。

ここは根上松に渡る橋を、菊桜側から覗いたスポットだ。せせらぎの水面の上にかかる木の橋が、情緒をかもし出している。散策というと、人気スポットを見に行くイメージがあるなかで、その途中にある光景を楽しむことこそ、散策冥利に尽きる気がするものだ。

名勝で景観美を楽しんだ後は、北陸きっての大都市でのグルメに舌鼓を打つことにしよう。

続く