妖怪と戦った男~稲生物怪録①

妖怪・もののけの故郷、三次の街を歩く

朝靄で霞む比熊山。この山頂に「たたり石」がある(写真左上)。石畳の三次の街には、日暮れとともに何やら妖の気配が漂っている気にすらなってしまう(写真右上)。比熊山山頂までの山道にある地蔵とレリーフ。さまざまな妖怪たちの姿が描かれている。

中国山地のほぼ中央に位置する山間の三次市は、妖怪の故郷として知られている。その市街地で、西城川、馬洗川、吉田川の三川が合流し、江の川となって流れ下る水の豊かな地域でもある。そしてここ、三次の夏の風物詩といえば鮎の鵜飼。夜、篝火を炊いた鵜飼いの船が西城川の川面に浮かび、幽玄な風情を醸し出していることでも知られている。

四方を山々に囲まれ、近くに大きな都市がないこともあって、三次の夜は暗い。この闇から、今にも妖怪が出てくるのではないかと思うくらい、漆黒の闇に包まれる雰囲気が漂っている。

この地には『稲生物怪録(「いのうぶっかいろく」もしくは「いのうもののけろく」と読む)』が古くから伝わっており、寛延2(1749)年、備後三次を舞台に繰り広げられた、30日間にわたる妖怪の出現と数々の怪現象を綴った物語だ。その物語の主人公である稲生武太夫の屋敷は、比熊山の稜線が切れた平地にあった。

標高340mの比熊山は、三次町から見ると、ハイキング程度にちょうど良い小山にしか見えない。しかし、登り始めるとつづら折りの山道が続いてけっこう辛い。山頂へ至る道には八十八体の地蔵観音が祀ってあり、霊場巡りをコンパクトにお参りすることができるようになっている。また、所々に稲生物怪録に登場する妖怪の姿をレリーフにして飾っているのも象徴的だ。地元の小学生が作ったものだろうか。愛嬌のる表情をしたもの、おどろおどろしさがリアルに伝わってくるものなど、ひたすら続く山道で滅入った心を和ませてくれる。道中、「比熊山もののけ登山道」と銘打って整備されているものの、案内標識が途中で切れており、目的の「たたり石」を見つけるまで、幾度か道に迷ったりした。

山頂近くの道の脇に、突き出た岩があった。これが「神籠石」、別名「たたり石」である。たたり石は御利益のある石として、地元の人々から崇拝されてきたが、同時に触るなどして、ないがしろにすると祟られるという恐ろしい言い伝えも併せ持つ。三次市歴史民俗資料館の学芸員によれば、「確かに、そういう言い伝えはありますが、あの石に触れて祟られたとか、亡くなったという人の話は聞いたことがありません。どうぞ、ぜひ触って来て下さい」と、明るい答えが返ってきた。しかし実際にその前に立つと、普段は言い伝えや迷信など信じぬつもりでいながら、なぜか触れない。また、触りたくもない。「触らぬ神に祟り無し」と独り言を言いつつ、早々にその場を立ち去る。

比熊山から下山し、麓の寺を巡ってみる。山麓の東南に位置する「西江寺」、南麓の「鳳源寺」、「妙栄寺」が並ぶ。稲生物怪録の舞台になっているのが西江寺である。また、その東側に位置する太歳神社は、三次町の氏神として古くから信仰を集めているが、物語のなかでも妖怪が退散した後、平太郞たちは氏神様にお礼参りをし、そこで物語が締めくくられている。



 

どこか憎めない物怪録の妖怪たちの素顔

稲生物怪録に登場する妖怪たちや奇怪な現象を見ていると、不思議と恐怖という感覚を覚えない。それは、日本の妖怪に共通する概念なのかもしれないが、「脅かしはするが命を取らない」のだ。西洋の妖怪たちは、ドラキュラや狼男、またはゾンビのように、人間に直接襲いかかって命を奪ってしまう。それとは、正反対に日本の妖怪たちは幻影となって現れ、人心を惑わせるだけで直接的な被害を与えることは少ない。

稲生物怪録の平太郞も30日間、妖怪や奇怪な現象に悩まされはしたものの、命の危険にさらされたわけではない。そして、30日間脅し続けた妖怪の方が降参して、他の妖怪退治に役立ててくれと木槌まで与えていく始末なのだ。一見すると、恐ろしいようにも見える日本の妖怪たちだが、どこか憎めない愛嬌のようなものを秘めている。例えば、20日にやってきた妖怪は、ぼた餅を持参する美女である。突然、ぼた餅を持って美女が訪ねられれば、妖怪ならずとも驚いてしまうというか、我が家にいても在所を失ってしまうに違いない。また、26日にやってくる女の首の妖怪もそうである。ただ、首だけなら恐ろしやで済むのに、ご丁寧にも首の根元から手が伸びてきて体を撫で回すとなると、いささか滑稽にも見えてくる。

今を去ることおよそ270年前、中国山地の山間で誕生した稲生物怪録は、口伝や写本によって広く全国へと広まり、近頃ではマンガにもたびたび登場するほど、長年人々に愛され続けている。この物語に登場するのは、どこか愛らしくて憎めない妖怪たちであり、平太郞が武力をもって妖怪退治をしたのではなく、生活の中でそれを受け入れていたため、妖怪はたまらず退散してしまったという、極めて平和な物語である。

寛容をもって受け入れる広い心と強靱な胆力を持ち合わせることが大切であり、奇異なものを奇異なものとしていたずらに敵対するものではない。稲生物怪録は、そう語りかけているのかもしれない。

 

 

※本記事は、過去に時空旅人(朝日新聞出版社/当時)にて掲載し、それを再編集したものです。