北陸グルメ漫遊記 凝縮された旨味の越前ガニ編

タラバガニや毛蟹だけが美味しいわけじゃない!?

食欲の赴くまま、ふたつの巨大な丼をたいらげれば、すっかり腹の虫も大人しくなる。動くのもつらい腹十二分目というくらいの満腹感で大満足なのだが、ここで今回のグルメ旅は終わりではないのだ。ここ敦賀には、国内屈指の海鮮がある。知る人ぞ知る、越前ガニこそ敦賀のグルメ王なのだ。たとえ腹がはちきれようとも、これを食べずに帰ることはできない。解禁直後ということもあり、朝の港は越前ガニで大忙しとのこと。しばし市内観光をして、夜のカニ尽くしに備えることにした。

ここ敦賀には、歴史的な観光スポットがたくさんある。もちろん今回、そうしたところもまわったのだが、本記事では割愛させていただき、ひたすらグルメにのみふれていくことにする。この日の夜にホテルへチェックインし、大浴場で旅の汗を落としたあとは、いよいよお待ちかねの越前ガニ。数ある越前ガニが食べられる店のなかでも高名な「長兵衛」へと向かう。ここは敦賀湾に面した宿なのだが、本物の越前ガニが食べられると評判の店だ。

カニといえば北海道のタラバガニや毛蟹を思い出すが、ここ北陸地方では何といってもズワイガニ。水揚げされたなかでもこの敦賀湾産のものは越前ガニと呼ばれ、最高級のブランドとして知られている。街中で安く振る舞われているのはいわゆるズワイガニで越前ガニとは違う。実はこの越前ガニ、見分けるためにはちょっとした知識が必要なのだ。

まず越前ガニの特徴は「カニビル」と呼ばれる黒いブツブツが甲羅についていること。これはヒルの一種で、細長い体で魚に付着して体液を吸っているそうだ。越前ガニについているのはこのヒルの卵だそうで、砂地に生息しているらしい。つまり、カニビルがついていることで、そのズワイガニがどこで育ったのかがわかるというわけだ。ただ、越前ガニもズワイガニなだけに、カニビルがついていても本当にそうなのか不安が残る人もいるだろう。そこで目安になるのが、市場でカニの爪につけられたタグ。ズワイガニはその産地ごとに6種類のタグがあるのだが、越前ガニは黄色だ。このタグをつけたズワイガニこそ、グルメの王様の証なのだ。

敦賀ならではの名産物グルメが、所狭しと並ぶ。なかでもフグは、これを目当てに訪れる人も多いとか。

お座敷に案内され、越前ガニ同様、ご当地グルメをしばし堪能する。子持ちの甘エビやフグ、越前豚などそれだけでも食通を満足させるラインアップだ。福井県は米どころでもあり、日本アルプスが近いこともあって水も美味しい。そのため日本酒にも銘酒と呼ばれるものも多く、最初に並んだ料理との相性も抜群だ。しばらく歓談を楽しみながら、ご当地ならではの食材を楽しむことにした。

まずは甘エビ。コバルトブルーとでもいえばいいのだろうか。美しく輝く卵を抱えた姿は、活き造りのなかでもひときわ目を惹く。甘い身といっしょに食べると口のなかでプチプチと弾け、この食感が旨味を引き立てている。

敦賀市ならではの若狭フグも至高の逸品だ。薄造りで振る舞われる高級魚だが、淡白な味のなかに凝縮されたフグ特有の旨味に箸が止まらなくなる。数枚を一度に頬張ってしまうのだが、これが厚切りだと美味しさが損なわれてしまうから不思議だ。

これでもか、といわんばかりに出てくる料理の数々に、財布の中身を気にしながらも、欲望の限りを尽くしてしまったのだった。



正直、これだけでもじゅうぶんどころか滅多に食べないご馳走だ。しかし今日の目当てはこうした料理たちではないのだ。そろそろ満腹になってしまうと心配をしていると、大きなザルに載せられた越前ガニがその雄姿を見せたではないか!

堂々たるその姿に、思わず見とれてしまう大型の越前ガニ。このサイズで一パイ2~3万円はするという高級品だ。

まず驚くのは、なんといってもそのサイズ。笹を敷いたザルの上に載せられた越前ガニは、その幅約70~80cmはあろうかという大きさだ。ズワイガニとはこんなにも大きく育つものなのかと、思わず目を疑うサイズではないか。そして、甲羅には黒い斑点のような「カニビル」。これぞまさしく越前ガニの証拠だ。さらに越前ガニであることを裏付けるように、「越前ガニ」という黄色いタグ。どこから見ても、これは話に聞いた越前ガニであることに間違いはない。

どこから手をつけたらいいのか思案していると、運んできてくれた女中さんが食べる手ほどきをしてくれた。まず裏返したら半分に折りたたむように甲羅をはがず。するとカニ味噌を残してきれいに分断される。すぐにでも食べたくなるのだが、フンドシと呼ばれるビラビラした見た目のエラは食べたらダメ。人によっては呼吸困難に陥ることもあるため、これをすべてこそぎ取る。そこまでできたら準備完了! あとは欲望の赴くまま、越前ガニのすべてを食らいつくすべし。

甲羅いっぱいのカニ味噌の香りが食欲を刺激する。甘くも香ばしい、越前ガニならではの風味だ。

熱々の湯気があがる越前ガニを前にしたら、満腹感などどこかへいってしまうというもの。知ったかぶりのカニの蘊蓄を話していたのだが、解体し始めた途端に無口になってしまった。カニを食べるとき、無口になるため接待には向いていないといわれることがある。しかし、本物を食すれば話は別! この越前ガニを食べて、接待は失敗したと誰が思うのか。足いっぱいに詰まった甘い身。プリプリの筋肉質でも柔らかい爪肉。そして、いつまでも舐めていたくなる濃厚で甘みのあるカニ味噌。そのひとつひとつが口のなかで合わさり、バラされたはずの越前ガニがひとつのグルメとして再現される。美味しいという表現を通り越し、もはや至福の味といっても過言ではなかった。ハイエナのようにむさぼりついて食べる姿は、あまり格好のいいものではない。しかし、そうしたことをすべてチャラにしてくれる。そんな魅力も併せ持つのが越前ガニだ。

あれだけ大きかった越前ガニだが、ものの30分ほどでバラバラにされて食べ尽されたのだった。

満喫したあとに石鹸で手を洗ってもまだ、カニの匂いはとれない。ホテルに帰ってベッドインしても、ほのかにカニの香りがする。越前ガニを食べ尽したと同時に、カニに身も心も捧げた気分とはこういうことをいうのかもしれない。おそらくこの先、二度と体験できない贅を尽くしたことだけは間違いないと確信した夜となった……。

 

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