今も遠野の地に伝わり残る民話とその信仰

山に宿りし神々への信仰が、今も息づく民話の里

岩手の県南、北上高地の山間を流れる猿ヶ石川流域。ここに神話のふるさと、遠野市はある。かつて柳田國男が、『遠野物語』を出版してから100余年の年月が流れた。そして今も遠野には、この物語に描かれた民話や信仰が息づいている。その足跡を辿りながら、昔と今の時空を超えた陸奥の神話の世界を歩いた。

「遠野郷は今の陸中上閉伊の西半分、山々にて取り囲まれたる平地なり(1話)」という書き出しで始まる遠野物語。舞台となるこの岩手県遠野市は、四方を山々に囲まれた平野だ。なかでも町の北に聳える早池峰山、東の六角牛山、西の石上(神)山は、今も遠野三山と呼ばれ信仰の拠り所なのだ。そして、そこで脈々と語り継がれているのが、山の神に対する信仰である。

三女神が鎮座する神遣神社と女神像(写真上)。また、遠野の市街から北に位置する早池峰山(1914m)と早池峰神社(写真右下)、東の六角牛山(1294m)、西の石上山(1038m)を遠野三山と称する(写真左下)。山で働き、山で生計を成してきた人々が多い遠野地方に根付いてきた山神に対する篤い信仰心を表している。女人禁制の一方で、男子が成人するために遠野三山を徒歩で巡る「三山駆け」という儀礼も伝わる。

この地を囲む山々のなかでも、早池峰山は山の神への信仰がもっとも知られた場所だろう。それがよくわかるのが、遠野物語の2話だ。「大昔に女神あり、三人の娘を伴いてこの高原に来たり、今の来内村の伊豆権現の社ある処に宿りし夜、今夜よき夢を見たらん娘によき山を与うべしと母の神の語りて寝たりしに、夜深く天より霊華降りて姉の姫の胸の上に止りしを、末の姫眼覚めてひそかにこれを取り、わが胸の上に載せたりしかば、ついに最も美しき早池峯の山を得、姉たちは六角牛と石神を得たり。若き三人の女神おのおの三の山に住し今もこれを領したもうゆえに、遠野の女どもはその妬みを畏れて今もこの山には遊ばずといえり」という一節は、神が山に宿った経緯を伝えている。また、女神とその三人の娘が宿ったという伊豆権現は神遣(かみわかれ)神社と呼ばれ、麓にある早池峰神社へ向かう途中の峠に鎮座している。

物語を読んだことがなくとも、河童やザシキワラシ、雪女といった昔話は、誰もが一度は聞いたことがあるのではないだろうか。遠野物語には、妖怪や物怪の類が登場する。とくにザシキワラシは、今でもそのご利益にあやかろうとする人が絶えない。こうした妖怪たちは、遠野物語のなかでは妖怪ではなく家の神と分類されている。なぜ神になったかといえば、ザシキワラシが居る間はその家は繁栄し、やがて出て行くと没落するという言い伝えがあるからに違いない。

河童伝承は、全国に散在する。通常は青いが、遠野の河童は赤色をしている。河童の正体については、凶作の口減らしのため川に流した子どもの生まれ変わりという説や水神説など、一定していない。また、遠野においては河童が目撃されている場所は、水の事故が多かった淵などに集中しているため、子どもに危険な場所で遊んではいけないという戒めだったという説もある。そして、遠野物語には河童の子どもをはらんだという話が幾つか登場するが、これは夜這いの風習の名残であろうか。未だにその謎は尽きない。

物語の55話に登場する河童もまた、人々によく知られた存在だ。「川には川童多く住めり。猿ヶ石川ことに多し。松崎村の川端の家にて、二代まで続けて川童の子を孕みたる者あり。生まれし子は斬り刻みて一升樽に入れ、土中に埋めたり。その形きわめて醜怪なるものなりき」とあるように、これもまた妖の類に違いあるまい。ただ、妖怪であるにもかかわらず、河童は、祠にお祀りされたり河童の狛犬として鎮座したり、今や遠野を代表する存在になっている。かつてはこの河童、川で水遊びをする子どもを淵へ引きずり込み尻から魂を抜くというような恐ろしい存在だった。しかし今の時代、日常的に川で遊ぶことも減り、川の水量が減って吸い込まれそうな大淵を見ることもなくなってしまった。ただ、こうした妖怪や物怪の話は、厳しい自然の中で逞しく生きる人々の知恵として、時にユーモラスに、時に嫌悪感を抱かせるほどグロテスクな描写で話し聞かせることによって、自然と共生するための知恵が語り継がれてきたとも解釈できるのかもしれない。



家毎に神があり、祈りと共に民が生きた遠野

オシラサマ、オクナイサマともにその起源は定かになっていない。オシラサマは東北一帯に分布しており、一般的には蚕の神、農業の神、馬の神と考えられているが、馬と人間の娘が結ばれるという話から4世紀半ばに書かれた「探神記」まで遡ることができるというのが定説となっている。遠野郷では90戸の旧家で260体ほど祀られているという調査もある。オシラサマを祀る家では、オクナイサマが必ず祀られているという。写真は伝承園。遠野地方の農家のかつての生活様式が再現され、伝承行事、昔話、民芸品の製作・実演などが体験できる。壁一面に祀られたオシラサマは圧巻。

家の神として遠野物語にはオシラサマ、オクナイサマ、ザシキワラシが登場する。遠野に伝わる昔話には、このオシラサマ信仰のベースになっているものがある。ある貧しい百姓の娘と飼馬が夫婦になり、それを知った父親が怒って馬の首を切り落として殺してしまう。やがてこの娘はその首に乗って天に昇っていくという話が伝わっている。この昔話には後日譚があり、聴耳草紙には、天に昇った娘は両親の夢枕に立ち、臼の中の蚕虫を桑の葉で飼い、絹糸を産ませることを教えたという。そしてこれが、養蚕の由来になったとしている。

そのためかオシラサマのご神体は、桑の木を削って馬頭型と姫型の2本を棒状にしたものだ。その胴部分に布をかぶせてお祀りするのだが、オシラサマは養蚕の神であり、眼の神、女の病を祈る神、また子供の神としても崇拝されている。

またオクナイサマは、オシラサマを祀っている家には必ずあるといわれ、棒状型、仏像型、掛軸型の3種類がある。信仰深いこの地ではかつて、どの家々にもあったとか。土淵町の阿部家のオクナイサマは、人手が足りないとき田植えを手伝ったといわれており、遠野物語15話に登場するオクナイサマそのものが現存するのが、遠野という風土の興味深いところだ。

信仰の地・遠野には、文明社会を迎えた今も遠野物語が息づいている。それは、「文明では人の心は救われない。信仰という魂の拠り所が必要だ」というメッセージを、文明に浸りきった現代人に投げかけているかのように思えてならない。

 

※本記事は、過去に時空旅人(朝日新聞出版社/当時)にて掲載し、それを再編集したものです。

 

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